日本は、なんと情けない国なのでしょう。
洞爺湖サミットは何だったのでしょうか。道路の無駄遣いの、国会の議論は何だったのでしょうか。本音と建前のずれを、恥ずかしいとも思わない国は、とことん貧しい国ですね。
相変わらず、道路を作ることが地域の活性化だという神話を信じているふりをするお役人や、政治家達。でもその裏になにやら利権が見えるではありませんか。何十年も前に作られた「都市計画」が亡霊のように生きているというのが、そもそも怪しげです。
計画をつくった20世紀という時代から21世紀になって、随分世間の事情が変わりました。バブルがはじけてみれば、自然はめちゃめちゃになり、残ったものは、自治体が倒産するほどの借金の山。無駄遣いを削る追及が連日国会劇場で演じられ、道路が一番の悪玉です。でも20世紀には、その悪玉の第1番の道路を、わが町には必要だと、全国どこも散々言ってきたのですよね。しかし、あげくの果てが、後期高齢者医療制度などという福祉まで切り詰めなければならない大赤字の国になったのだとやっと皆が気づいた、はずでしたね。遅すぎたの感は有りますが、自分達の納めた税金の行方の闇にいまさらながら気づき、大いに怒り、無駄な公共事業の見直しが、21世紀という時代の本流になったのです。
それなのに、やっぱり自分の町の問題は別なのでしょうか。
地球温暖化防止のために、ようやく世界中が本気にならなければ、人類存続が危機とわかってきたから、福田総理はサミットで思い切ったCO2削減を提案したのではなかったのでしょうか。温暖化防止は、CO2排出抑制だけでなく、併せて吸収も進めなくては間に合わないのです。だから、当然ですが樹木が、森が大切なのです。お飾りのような小さな木を街路に100本植えるより、100年の樹木が1本生きている方が、だんぜん地球温暖化防止のために働きます。遠くの山に緑を残すことも、もちろん頑張らなければなりませんが、町の中に森があることのほうが、今はずっとずっと大切なことです。私達の暮らしから出てくるCO2を、身近なところでカバーしてくれるというありがたい役割りを持っているのですから。それだけでなく、森は子ども達がたくさんの学びをする場所です。レイチェル・カーソンの「センス・オブ・ワンダー」―不思議さに驚嘆する感性―が育つ場所が子供の日常の近くにあれば、子ども達はどんなに幸せになれるか。それは、小さいとき遊具なんてしゃれたものがある公園なんかないけど、近所の田んぼや森で思い切り遊んだ大人たちが一番知っているはずです。「子どもの伸びやかに育つ環境を」と口先でいうだけでなく、作ってあげてください。いいえ、作るまでもなく、松戸市は「関さんの森」を持っているではありませんか。都会では、どの自治体でも、欲しくて欲しくて仕方ない宝があるではないですか。
「関さんの森」は、関さんが森を残すことにこだわったからこそ、かろうじて残った自然なのですよね。行政がお願いしたわけでもなく、本来行政がしなければいけない自然環境保全という大変なことを、個人の力で頑張って来られたのです。関さんと「関さんの森」に、松戸市は感謝状をあげなければいけないくらいでしょう。ところが、何を血迷ったのか、感謝どころか土地収用なんて、時代錯誤もはなはだしい。お父さんの時代に召し上げたんだなんて、子どもには恥ずかしくて、言えたものじゃありません。
皆さんは、山形県白鷹町にある葉山というブナの原生林を縦断する大規模林道計画を、止めた人たちの話を知っていますか。故郷の山の自然と景観を守るため、工事がすでに始まっていたのにも関わらず、日本で唯一工事を中断させました。反対運動の中心を担っていたのは、町役場の職員でした。止まった道路で大変なことになっている後日談は、もちろんありません。むしろ勇気ある彼らの活動は、道路は止められるという希望を日本中にもたらしました。
松戸市の職員の皆さん、仕事ですからとか、決められていることですからという言い訳は、単に言い訳にしか過ぎません。日本の中には、たとえ公務員であっても、間違いは間違いとして正していく人がいることを覚えておいてください。日本の人口は、確実に減少します。何しろ「少子高齢化」は、皆さんの口癖です。100年後には、人口は30%減、いや半分になるかもしれないといわれていますよね。コンパクトシティ論を、そろそろしなくてはいけなくなっています。
100年の計は、自治体の仕事。
そういう認識があるなら、50年を待たずに道路の必要性も減少していくだろうぐらいの想像力は、もちろんお持ちだと思います。借金の付けを未来に残してまで、これ以上の道路は必要ないでしょう。本音で言えば、むしろ道路なんか作っている財政状況ではない、でしょう。たとえ作る理由を見つけたとしても、何も宝を踏み潰してまで、あそこに作らなければならない理由は、何もないでしょう。何しろ、恐ろしく昔の計画だから。ほんの少しの迂回路にする案など、市民に知恵を借りたら、協働の素敵なまちづくりができるではありませんか。
この時代、勇気ある撤退こそが、市民の幸せのために働く行政マンの仕事です。足元の問題の解決すらできずに、どうして国と対等な地方自治ができるでしょう。世界に約束した日本の環境問題は、皆さんの英断にかかっています。
上原公子(元国立市市長)
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